じろうのねこ

 授業中ちらっと隣の席を見ると、上鳴はノートに何やら絵を描いていた。珍しくガリガリ音を立ててシャーペンを走らせているから、今日はいやに熱心だなと思っていたのに、落書きとは。
 エクトプラズム先生が黒板に書いた数式は、目が滑ってしまいそうなくらい難しい。現実逃避したい気持ちも分かるけどさ、と思いながらウチは板書を写したノートに目を落とした。


 授業終了のチャイムが鳴り、先生が教室を出て行った後、ウチは上鳴の机に身を乗り出した。
「なに遊んでんの」
 飯田の号令に合わせて授業終わりの礼をした後すぐ、上鳴はまたシャーペンを握ってノートに向かい合っていた。上鳴はウチの呼び掛けに手を止めて、え? と言いながら顔を上げた。
 こいつの手元を覗き込むと、開いたノートのページには、線がゆがんだ猫みたいな絵が描いてあった。上鳴はウチの視線の先に気づくと、あぁ、と頷く。
「これ、あれ。耳郎がギター練習用のノートに描いてくれた猫みたいなやつ」
 そして、シャーペンのお尻で猫の耳のあたりをトントンと叩いた。


 ウチは文化祭のバンド練習のために、ヤオモモ・上鳴・常闇にアドバイスノートを作って渡した。大事なポイントだけ……と最初は思っていたのに、いざ書き始めたらどんどん書きたいことが増えていってしまった。
 いつもヒーロー関連の情報をビャーっとノートにまとめている緑谷からノート作りのコツを教えてもらって、何とか手作りのアドバイスノートは出来上がった。
 緑谷のノートを見せてもらったら、文字がぎっちり詰まっているんじゃなくて、コスチュームの特徴や個性の使い方などが図でも詳しく描いてあった。確かに文字ばっかりだと目が疲れて読む気がなくなってしまうし、絵があった方が分かりやすい。だからウチも積極的に図を増やしてみた。指の使い方を説明する時は、文章の横に手の絵を添える工夫をしてみたし、大事なポイントの近くに猫のイラストを描いたりもした。二つ尖った耳と丸い輪郭の顔。ゴマみたいな小さい目が二つにニッコリ笑った口を描いただけの、超適当なやつだ。

 だけどまあ、どこからどう見ても猫にしか見えないはずなのに、「猫みたいなやつ」とは何だ、失礼な。
 上鳴が描いた下手くそな猫の横には吹き出しがあって、さっきの授業で習った公式が入っていた。
「耳郎がギターのポイント猫に喋らせてたじゃん? あれ結構頭に残ったから、勉強にも使えんじゃねって思って! 先生がテストに出るって言ったとこ、こうやって書いてんだ~」
 上鳴はそう言って、パラパラとノートをめくって見せた。そうしたら、他のページにも猫がちらほらいた。ウチが描いたのは全部同じ表情だったけど、上鳴のノートには、笑ってる顔や怒ってる顔や困ってる顔の猫がいた。全部どことなく間の抜けた顔をしていて、思わず吹き出してしまう。
「変な顔」
「えー上手く描けてんだろ?」
 不満そうに上鳴が唇を尖らせる。上鳴のノートにいる猫は、くるくる表情が変わる上鳴に似ている気がした。ノートを借りてもう一度見せてもらう。
 口を開けて笑っている猫がいて、それが一番よく描けていると思ったから、
「この顔は良いんじゃない」
 と伝えた。すると上鳴は、ウチの指した猫と同じ顔をして、器用にシャーペンをくるっと指の上で回した。
「お、これ俺の自信作!」

 上鳴はこの猫たちを「じろうのねこ」と呼んだ。ネーミングセンスゼロ。




2020.01.04
コミックス19巻 No.175の1ページ目のネタです。たぶん猫かな?猫だな?と思い込んで妄想を膨らませて書いた話です。



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