風呂上がりに共有スペースを通りかかったら、ソファやダイニングテーブルはほとんど埋まっていた。みんなクイズ番組に熱中していたり、普通に喋っていたり、スマホで動画を見ていたり、将棋を指していたり、思い思いに過ごしている。そんな中、俺はふとテレビを見てる組の耳郎の手元に目が行った。
「おっ、それ新発売のやつじゃん! 美味い?」
ソファに座っている耳郎の背後に回ると、話し掛けた。気づいた耳郎がペットボトルに口をつけたままこちらを振り返る。耳郎が飲んでいるのは、「はんなり梨サイダー」っていう最近発売されたばかりのジュースだった。
最初テレビでCMを見た時は「へー」って思うくらいで大して興味が湧かなかったんだけど、あまりにも毎日毎日CMが流れてくるもんだから、やたら頭の中に残るようになってしまった。コンビニでも学校の購買でもドリンク売り場に沢山並んでいるし、よく見たらCMに出ている着物を着た女の子はめちゃくちゃ可愛いしで、だんだん気になるようになっていた。今度見掛けたら買ってみようかなって、思っていたところだった。
「飲んでみる?」
「え?」
耳郎はペットボトルを持ち上げて見せた。底から三センチくらい残っているソーダ水が揺れる。
「あとちょっとだからあげる」
ソファの背もたれに寄り掛かった俺の目に、紺色の背景に丸い梨と紅葉のイラストが描かれたラベルが飛び込んできた。突然だったから、差し出されたボトルを思わず受け取っていた。
「えっ、いいの?」
「いいよ」
俺を見上げる耳郎を見た後、キャップが開いたままのペットボトルをまじまじと眺める。
(……これって、もしかしなくても間接キスじゃね?)
もう一度耳郎に視線を戻したけど、超普通の顔をしている。俺はまた手元に目をやった。
(……ま、耳郎だしな! ていうか別にジュース分けてもらうだけだし。そうそう、飲みたかったものを飲むだけじゃん! こんなんで間接キスとか小学生かよ。あー、バカらしっ)
俺は迷わずペットボトルの口に唇をつけて、ボトルを傾けた。
口の中にサイダーが流れてきて、舌がちょっとピリッとする。飲み込んだ瞬間に、さっきこれを飲んでいた耳郎の姿が頭に浮かんできて、「あ、やっぱこれ間接キスだわ」って思った。
勝手に速くなる鼓動に気がつかないふりをしていたら、あっという間に飲み終わっていた。ふーっと息を吐く。
「何かそれ、炭酸弱いよね」
「ん、あぁ? そ、そうかも」
耳郎の耳たぶのプラグが空のペットボトルを指している。ぼけっとしていた俺は、何となくラベルを眺めるポーズをした。
「は、はんなりだからじゃね?」
「あー、そういうこと? あんまり梨の味しないし、甘いだけっていうか」
「酷評じゃん」
「もう買わなくて良いかなって思ってたらあんたが話し掛けてきたから」
「は!? 飽きたの押し付けられてんじゃん俺!」
浮いていたプラグを元に戻すと耳郎は、一瞬だけ舌の先っぽを見せて悪戯した子どもみたいな顔をした。
「ついでに捨てといて」
「……はあ!? パシリかよ!?」
「ありがとう」
「おい!」
「冗談だよ」
そう言って笑いながら、耳郎が手を差し出す。だけど俺は渡さないで、逆に耳郎からキャップを受け取った。そして大袈裟に締める仕草をする。
「いーよ、捨てるくらいやるわ。俺は紳士だからな!」
「意味分かんないけど、ありがと」
「じゃ、おやすみ!」
俺は耳郎の返事を待たずに振り返って、キッチンのゴミ箱のところへ歩いて行った。
キャップを外して捨て、ラベルを剥がそうとして、もう一度俺はまじまじとボトルを眺めた。胸の奥が何だかムズムズする。今さら気がついたけど、商品説明のところに「微炭酸の~」とご丁寧に書いてあった。何だ、ちゃんと読んでねえの、あいつ。
ていうか耳郎、全然普通だったな。間接キスとか思わないんかな。……俺だからか。
そう思うと、どぎまぎしてしまっているのがむしょうに悔しくなってきた。あと、せっかく飲めたのに味全然覚えてねえや!
2020年11月~12月の拍手お礼SSでした。