ビリじゃダメ / p.1

 夕飯を食べてから、みんなでクリスマスツリーの飾りつけをした。ダークシャドウがてっぺんに星を置いて完成。電飾を点けると共有スペースが一気に華やかになって、どこからともなく、わあっと声が上がった。
「良いね、良いね! クリスマスが来た感じがする!」
 葉隠が透明な手をぶんぶん振りながら言った。

 クリスマス本番まであと二週間ちょっと。街は十一月中からすっかりイルミネーションに彩られている。インターンからの帰り道、どことなく他人事のようにそれを横目で眺めていたけど、こうして寮がクリスマス仕様になると一気に実感が湧いた。小さい頃、父さん母さんと過ごした楽しいクリスマスの思い出が浮かんできて、自然とイヤホンジャックが動いた。指に巻き付けて落ち着かせる。
 準備の最中から何枚も写真を撮っていた上鳴は、ようやく手を止めた。スマホをズボンのポケットに仕舞うとご機嫌な様子でウチの隣にやって来る。
「何か短冊つるしたくなるよな!」
「それは七夕でしょ」
 一応ツッコミを入れてやる。上鳴は絶対言うと思った。ていうか、たぶん去年も言っていた。こんなことを言うのはこいつだけだろうと思っていたら、少し離れたところで麗日が、「私もちょっと思った……」と恥ずかしそうに頭を掻いていた。隣で梅雨ちゃんが微笑んでいる。すかさず身を乗り出して麗日に同意する上鳴の背中に、尾白が話し掛けた。

「何お願いするつもり?」
 毎日毎日上鳴にいじられている尻尾がほんの少しだけ揺れている。感情があまり顔に出ない尾白もワクワクしているんだな、と自分の耳たぶのコードをいじりながら思った。
「彼女欲しい! だろ?」
 本人の代わりに瀬呂が答える。上鳴がくるっと振り返ると、続けた。
「そういやお前、今年は大人しかったじゃん。声掛け過ぎて、ついにナンパする女子居なくなったか」
 その言葉を聞いて、確かにそうだと気づいた。インターンや授業で忙しいっていうのはあるけど、瀬呂の言う通り今年の上鳴は静かだった。一年前の上鳴を思い出すと今でも笑える。瀬呂に乗ってウチも口を開いた。

「去年の今頃なんてプライドかなぐり捨てて、自分がクリスマス暇ってことをアピールし続けてたもんね」
 言ってる途中で吹き出してしまった。
 一年生の上鳴は、学校の廊下で会う女子会う女子に、「クリスマス空いてる? 俺とお茶しない?」と声を掛けまくっていたのだ。しかも十一月中から。高校最初のクリスマス、可愛い女の子と過ごしたくてたまらなかったんだろうけど、見事に全部フラれててマジでウケた。あんな誘い方で乗ってくる子なんて居ないだろうに。
 結局は、「俺はクリスマスに予定がないです」と色んな女の子に触れ回るだけの結果に終わったのだった。

 いじられてる本人は、ちょっと不貞腐れたような顔でウチらを見た。
「はっ、俺はなんも失ってねーよ! 得るものがなかっただけだ!」
「そうだね、捨てるものがそもそも最初からなかった」
 笑いが全然治まらなくて、口を手で押さえたまま震えていると、瀬呂に「笑い過ぎだろ」って笑われた。呼吸を整えるウチの横で上鳴は、自分の両手をがしっと組む。
「今の俺が願うのはただ一つ! 期末ビリじゃありませんように!」
 実は、つい数日前に期末の筆記テストが終わったところだ。先生たちは採点が早くて、さっそくほとんどのテストが返ってきている。
「明日の英語で戻ってきましたら全部揃いますわね」
「わーん、やだやだ欲しくない!」
 さらっと言ったヤオモモの言葉に芦戸が頭を振って嘆く。一年の頃からずっと、芦戸は上鳴とビリ争いをしている。ちなみにいつも上鳴が負けている。


 上鳴がテストの順位を気にし始めたのは二年生になってから、たぶん一学期の期末テストからだった。
 それまでは赤点じゃなきゃ良いや~、なんて朗らかな顔で悟りを開いていたはずなのに、気づけば芦戸と結果を見せ合っては悔しがるようになっていた。二学期の中間テストの時もそう。テストの結果が返された後は、その紙を握りしめながら机に突っ伏していた。
 万が一赤点を取ってしまったらインターンを休止しなきゃいけなくて、そうするとインターン先からの信用を失いかねないから絶対に座学も気を抜けない。だから上鳴がテストにやる気を出すのも分からないことはないんだけど、何だかちょっと意外だなと思う。

 ツリーの前で必死に祈る上鳴を見て、轟がつぶやく。
「テストなんて提出した時点で結果はもう出てんだろ」
「だから俺は祈るしかねえんだよ!」
 ぐっと手に力を込める上鳴を、轟が頭の上にハテナマークを三つくらい浮かべて眺めている。答えを求めるように緑谷に視線を移したけど、緑谷は何と言ったら良いのやら、といった感じで困ったように笑っていた。
 轟、これは上鳴の中だけで成立している理論だからあんたは分からなくて大丈夫だよ。心の中でウチはそう言った。
「でも俺、英語はケッコー自信あんだよな。ヤオモモと爆豪の勉強会、どっちも参加した俺に死角はないぜ!」
 上鳴はパッと手をほどいて、気を取り直したように握りこぶしをつくる。「おめー頑張ってたもんな!」と切島もガッツポーズして見せる(ちなみに、爆豪のは勉強会ではなく切島に教えているところに上鳴が勝手に乱入しただけだ)。

 しばらくテストの話題で盛り上がっていると、キッチンから砂藤が大皿を持って出てきた。共有スペースが甘くて香ばしい匂いでいっぱいになる。皿にはクリスマスツリーや星の形をしたクッキーがたくさん並べられていた。
「ツリー出すって聞いたら無性に焼きたくなってよ」
「グッジョブ! シュガーマン!」
 テストの結果を予想して微妙にどんよりとしていた芦戸が叫ぶと、砂藤は嬉しそうにはにかみながらテーブルに皿を置いた。みんな我先にとクッキーに群がり、口に入れたそばから幸せそうな顔になる。
 テストの話題を振った張本人もクッキーをかじりながら、今はもう全然違う話を尾白としていた。こうして夜は和やかに過ぎていった。




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