Chapter 1 / 第1話

 公園のベンチに四人で座るとぎゅうぎゅうだったけど、狭過ぎと笑いながらもウチらはそこに落ち着いた。他のベンチはもう埋まっていたからだ。ウチと葉隠が真ん中で、その両脇に芦戸と八百万。桜は散ってしまっていたけど、天気が良いからか、それとも土曜日だからか、親子連れやら小学生やらで公園の人出は多かった。
 二つくっついたチューブ型のアイスを切り離して、一つを八百万に渡す。ウチら二人はチョココーヒー味で、葉隠たちはホワイトサワー味。このアイスを初めて食べるという八百万に開け方を教えて、芦戸の掛け声に合わせてなぜかアイスで乾杯をした。何に乾杯をしたのか聞いたら、「一週間お疲れ様!」とのことだった。

 今日の授業が終わって、最初は八百万と二人で帰っていた。だけど駅に向かって歩いていたら、いきなり後ろから芦戸と葉隠が走ってきて、「お二人さんみーっけ!」と突撃されたのだ(梅雨ちゃんと麗日も探したらしいけど見つからなかったそう)。アイスを食べようと誘われて、そのままコンビニへ行く流れになった。

 気が付けば雄英高校に入学してもうすぐ三週間が経とうとしている。でも、こうして友達と放課後に寄り道するのは初めてだった。週六日ぎっしり詰まった授業に、帰れば予習復習と自主練、それから入学早々に授業中敵に襲われるなんていう前代未聞な事件まで起こって、毎日は目まぐるしい速さで過ぎ去っていた。
 アイスを一口入れるとほっと気が緩んだ。横目で八百万を見れば、どうやらお気に召してくれたようだ。大事そうに両手でチューブを持つ姿が小動物みたいで可愛い。

 しばらくみんなでのんびりアイスを食べていたけど、唐突に芦戸が勢いをつけてひょいっと立ち上がった。ウチらの正面に立ち、「はいはーい!」と元気良く手を上げてみせる。
「この中でー……、彼氏いる人!」
 そしてつぶらな瞳をきらきらさせて、一人一人の顔を順番に見てくる。けど、誰も反応をしなかった。そのリアクションを見て芦戸は質問を変えた。
「じゃあ、彼氏いたことある人!」
「……」
 バッともう一回手を上げるけど、ウチらの反応は同じだった。
「ならこれは!? 今、好きな人がいる人!」
 芦戸の期待に満ちた眼差しとは裏腹に、ウチらの間はしーんと静まり返っている。三人で何となくお互いを見やってから、ウチらは芦戸に視線を戻した。その時、「いないね」とつぶやいたウチと葉隠の声が地味に被った。
「えー、何でよ~! みんな本当? 隠してない?」
 芦戸がウチらの顔をきょろきょろと見渡す。
 ウチは全く嘘をついていないし、他の二人も態度を見る限り何かを隠している様子ではなかった。それを見て、芦戸じゃないけど、ウチもちょっと意外だった。みんな可愛いから誰か一人くらい、そういう相手がいても不思議ではないと思っていたから。
「そういう芦戸は?」
 言い出しっぺに聞き返してみたら、当の本人もあっさり首を横に振った。
「いない」
「何だ、じゃあみんな一緒じゃん」
「えー、恋バナしたいんだけどー!」
 芦戸が悔しそうに叫んだ。そんなことを言われても、いないもんはいないんだから仕方ない。諦めきれないのか芦戸は、今度梅雨ちゃんと麗日にも聞いてみると言っている。それについて葉隠も乗り気のようだった。芦戸だけじゃなくて葉隠も恋バナに興味津々なタイプらしい。
 中学の時からこういう話題はひたすら聞き役に回るばかりだったから、特に何も提供できないウチは黙ってアイスを吸うことにした。

 雄英高校に入学して意外だったことが色々ある。たとえば今もそう。こんな風に恋愛の話をしたがる子なんていないとウチは思っていた。
 みんな個性は強いし、もちろん運動神経が抜群だったり、頭の回転が速かったり。心からすごいなと圧倒される日々だけど、授業を離れてしまえば普通というか、気さくな人が多かった。ヒーロー科に入ればクラスメイトはみんなライバル、周りと仲良くしようなんて思わないギラギラした人ばっかりだったらどうしようかと入学前は心配していたけど、それは取り越し苦労に終わった。それどころか入学一週目で、一年A組は賑やかで明るい雰囲気がすでに出来上がっていたくらいだ。

「ヒーロー科って女子少ないし二クラスしかないから、その中でカップルできちゃったりするかな」
 ねえねえ、と葉隠にブレザーの袖を引っ張られて我に返る。葉隠の言葉を頭の中でもう一度リピートさせて、ちょっと考えてからウチは口を開いた。
「えー、どうだろ……。少なくともウチはないな」
 頭の中に覚えたてのクラスメイトの顔を思い浮かべる。B組とはちゃんと会ったことがないからまだよく分からないけど、少なくとも自分のクラスの男子とは何もないだろうと思った。根拠はないけど、想像できないんだから仕方ない。男子にも選ぶ自由はあるし。
 もともとウチは、高校生になったら彼氏を作りたいなんてこれっぽちも思っていなかったから、恋愛は自分にとって他人事って感じだ。
「耳郎、まだ四月なんだからないとか言わない!」
「そうだよ、青春はこれからだからね!」
 別に絶望しているわけでも諦めているわけでもないんだけど。と思いつつ、ウチは芦戸と葉隠のテンションの高い励ましに曖昧な相槌をうつ。
 そもそも男子の側だって、パッと見た感じ真面目だったり大人しそうだったり、男子同士でワイワイやってるのが好きそうだったり、恋愛に興味がありそうな人はそんなにいないんじゃ……と、ここまで考えて、一人思い浮かんだ。隣の席にしょっちゅう女子をナンパしているやつが居たんだった。いつもは振られているんだけど、今日の昼休みは珍しく他クラスの女子と連絡先を交換しているのを見た。
 何にせよチャラい男は論外だからぽいっと頭の外に飛ばした。あと、こいつとつるんでる峰田っていうヤバいやつも当然論外。

「ね、ヤオモモも!」
 ウチの顔の傍で葉隠の声が明るく跳ねる。気が付いたら葉隠は身を乗り出して、ウチの隣にいる八百万の膝を人懐っこく叩いていた。タップされた彼女はきょとんとして自分を指差す。
「やお……私ですか?」
「何、ヤオモモって」
 唐突に現れた単語に話も中断、ウチも聞き返す。とは言いつつも葉隠の言葉のニュアンスは何となく分かっていたけど。
「八百万百だから、ヤオモモ! 実は前から考えてたんだ! どう?」
 自信ありげに葉隠が腰に手を当てる。
「あ、それ良い! 可愛い!」
 すぐに芦戸も賛成する。ウチも良いなと思って八百万の顔を伺ってみたら、本人も満更でもなさそうだった。でも同時に、どう反応したら良いか分からず戸惑ってもいるようだった。
 話を聞いてみれば、どうやらあだ名を付けられたのは初めてらしい。だけど葉隠が、八百万のあだ名付け第一号になったことを喜んでいたら、その気持ちが伝線したのか八百万もぱっと笑顔になった。
「では、その名前でお願いします」
「やったー! 今からヤオモモね!」
「ヤオモモー!」
「ウチも呼んで良い?」
「はいっ、是非」
 元気いっぱいに返事をしたヤオモモの周りには、ぽわぽわとした癒しのオーラが溢れていた。
(カァイイ……)
 と思ったのはウチだけではないはず。

 それからウチらは、今日あった授業のことや来月にある体育祭、中学時代の思い出や先生のモノマネ、どんなタイプの人が好きかとか、とりとめなく喋りまくった。話題はたぶん何でも良くて、喋ることそのものが楽しいみたいな、そういう時間だった。ウチは今さらしみじみと、(あー、新学期なんだな)と実感していた。
 今度は梅雨ちゃんと麗日も誘おうと話をして、暗くなる前にそれぞれ家に帰った。




2021.06.29



| NOVEL TOP | 第2話 → |